インクレチン関連薬(DPP-4阻害薬やGLP-1アナログ製剤など)

インクレチン関連薬。血糖値を下げる効果が高い一方、低血糖のリスクが少ないとして、今、全国の糖尿病治療の現場に広がっている薬ですので、名前を聞いたことのある人も多いでしょう。2009年11月に、国内初のインクレチン薬「シタギルプチン(商品名):ジャスビア」が発売されたのを皮切りに、さまざまな種類の薬が登場しています。

2012年5月に行われて日本糖尿病学会学術大会。糖尿病専門医のクリニックで行った取り組みの結果が発表されました。インクレチン関連薬を使うことによって、インスリンの注射が必要だった37人が中断を達成し、しかも驚くことに、注射をしていたころよりも、血糖値が低く安定するようになったといいます。

インクレチンとは、ホルモンの一つです。ホルモンとはいわば手紙のようなもの。それぞれの手紙には伝えるべき命令が書いてあり、届いた細胞では、命令通りの働きが行われます。

インクレチンという手紙をつくる細胞は、食べ物の吸収を担当する小腸に多く存在します。この細胞は、糖質や脂質などを含む食べ物がやってくると反応し、手紙を出します。

手紙(インクレチン)には「インスリンを出しなさい」と書かれています。この手紙は血管を通じて膵臓に届けられ、「糖が来たよ! インスリンを出しなさい!」などと伝える働きがあると考えられています。

なおこうした、「インスリンを出しなさい」という命令を届ける働きを持つホルモンは1種類ではなく、いくつか存在します。そこで、同じような働きを持つホルモンを総称して「インクレチン」と呼んでいます。

数あるインクレチンの中でも注目されているのが、「GLP-1」というホルモンです。この物質は、インスリン分泌の命令を伝えるだけでなく、胃の働きを遅らせるような効果もあると考えられています。胃の動きが遅くなれば、食べ物が腸にゆっくりと届くようになり、その結果、糖質が血液中に急激に取り込まれるのを防いでくれます。

最近の研究では、特に2型糖尿病のヒトでは、こうしたインクレチンの働きに異常があることがわかりつつあり、このことが、糖尿病が発症する要因の一つではないかとも考えられるようになってきています。

さて、このインクレチンの働きを高めることで、糖尿病を治療しようとするのが「インクレチン関連薬」です。これも1種類ではなく、いろいろな種類があります。国内で最初に発売されたのは、「DPP-4阻害薬」というもの。体の中には、せっかく作ったインクレチンを分解してしまう酵素(DPP-4)があるのですが、この酵素の働きを邪魔することで、インクレチンが長く働けるようにしてくれます。2010年には、インクレチンと似た物質を体外から補う薬(GLP-1アナログ製剤)も発売されました。

これらインクレチン関連薬は、血糖値を下げる効果が高いばかりでなく、食欲を抑えて体重の減少につながるなどの特徴も備えており、今全国の医療機関で使われるようになっています。

こうしたインクレチン関連薬の効果が報告されるにつれ、「インスリン注射のかわりになるのではないか」と考えられるようになりました。

実は、インスリン注射が必要になったヒトでも、膵臓の能力が完全にはなくなっていないケースがあります。ただそうした場合でも、働きはかなり弱くなっています。そのうえ、血糖値が高いこと(糖毒性)によってそもそもインスリンが働きにくい体質になっているわけですから、血糖値を十分に下げることができません。そこで注射によってインスリンを補うことで、血糖値を安定させているわけです。

膵臓で自然に作られるインスリンの量を増やす

インスリンを効きやすくする

インクレチン関連薬を上手に使うことで、①と②を実現できないか、そう考えた斉藤医師の取り組みについて、詳しくご紹介していきます。

斉藤医師はまず、自分のクリニックでインスリン注射をしている人を対象に、膵臓の機能を調べる検査を受けてもらいました。そして、ある程度以上の働きがある人に対して、注射の中断を目指した治療を受けてみないかと提案しました。

もちろん、駐車を中断したことで病気の状態が悪化するリスクは避けなければなりません。対象者の選定や進め方には、細心の注意が払われました。

斉藤医師の提案に同意した人は、インスリン注射の代わりにインクレチン関連薬の一つ、DPP-4阻害薬を飲むことになりました。先ほど紹介したように、インクレチンには、膵臓の働きを高め、インスリンをよく出るようにする効果があります。

さらに斉藤医師は、インスリンが効きやすい環境を作るため、対象者全員にα-GI(アルファグルコシダーゼ阻害薬)を飲んでもらうことにしました。この薬には、食べ物に含まれる糖質が体内に吸収されるスピードを遅くする効果があります。

食後に急激に血糖値が上がる状態(食後高血糖)は糖毒性の要因となり、ひいてはインスリンの効きを悪くします。α-GIによって食後の糖の吸収を緩やかにすれば、インスリンが効きやすくなる環境ができると期待されます。α-GIには、GLP-1を増やす効果もあるとされるため、一石二鳥の効果も望めます。

注射を中断する期間は、とりあえず1週間。その間、対象者にはジブ運で血糖値を測定し、記録してもらいました。その結果、血糖値が安定しているようであれば、次は2週間後に診察、その次は4週間後に診察と、だんだん期間を延ばしつつ経過を見ていきます。

経過を見ていく中で、空腹時の血糖値が高くなりすぎたり(200mg/dl以上)あるいは下がり過ぎてしまったり(100mg/dl以上)した場合は、その都度調整を行います。たとえばインスリンが効きにくい状態が続いている人には、ビグアナイド薬(インスリンを効きやすくする)を新たに処方する、といった具合です。

こうして一人一人の状態に合わせて細やかに調整をしていったところ、思った以上に注射なしで血糖値を安定させられるケースが多いことがわかってきました。しかも驚いたことに、以前より数値が大幅によくなる人も現れました。

例えばこの治療によって、15年間続けてきたインスリン注射を中断できたある患者の場合、以前は8.0%以上あったHbA1cが6.5%前後に改善。さらに7kgの減量にも成功しました。体重が減ったことで体を楽に動かせるようになり、月に何度も仲間とゴルフを楽しむようになったといいます。

こうして定期的に運動することは、糖尿病に良い影響を与えます。今回の取り組みに参加した人の中には、このような好循環を達成する人が少なくありません。

ただし、この「インクレチン関連薬によってインスリン注射を中断する」取り組みは、成功の報告が増えてきてはいるものの、大規模な研究でその効果が認められたわけではありません。今回の報告も、半年間の経過を見たもので、長期的に効果が持続するかどうかもわかりません。今後、広く普及するためには、どんな人が効果が期待できて、どんなヒトはリスクが大きいのかなどを慎重に見極めていく必要があります。ですから現時点では、インスリン注射を受けている人の誰もがすぐに受けられるような治療ではないことは確かです。

しかし、研究途上だということを割り引いても、この取り組みは「インスリン注射の中断が可能になるかもしれない」という可能性を示した点で大きな意義があります。