日本人。在米20年、分子生物学、理学部生化学出身

 

 タマノイさんは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の微生物・分子遺伝学教室の教授である。20年ぶりの再会

 タマノイ教授は日本の大学院ご出身である。 、大学院時代のタマノイさんを知っている。というよりその時しか知らない。日本の名古屋大学・大学院を1 977年に卒業後、アメリカに留学し、そのままだというから、不肖・八クラク、もう20年もタマノイさんに会っていない。実は、今回、会ったときタマノイさん本人を認識できるかどうか心配だった

 UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)ウエストウッドというロサンゼルスのしゃれた街にある。そのUCLAのゲストハウス前で、日本から到着したぞの日に、タマノイさんのクルマをお待ちした。

 ゲストハウスはUCLAキャンパス内にある。ゲストハウスのフロントの紅顔のお兄さんがいうには、「昨日はロサンゼルスとしては珍しく1日雨が降っていました」という。今日は、快晴、気泗20。4℃、湿度44%,風はなし。見上げる午後3眄55分のUCLAの空は澄みきった青空、実にさわやかである。

  、シャワーを浴びて生き返った気はするが、時差と疲れと睡眠不足は相当なものである。日本を出てからもう27時間も寝ていない。飛行機のなかで上映した[ロスト・ワールド]も[ベストフレンズ・ウエディング]も、もう日本の映画館で見だのだから、映画を見ないで寝るべきだったんだ しかし、眠れなかった。「ベストフレンズ・ウエディング」のジュリア・ロバーツは魅力的だった。

  あのクルマがそうかな。今度のクルマかな。と見るでもなく見ていると、6台目にやってきたのが目の前に止まった。運転席からコヂョコテョと降りてきた中年男性を見て、瞬間、「チ、チガウ」(タマノイさんはもっと物静かな秀才だったという印象がある)、でも「あっ、知ってる。顔に見覚えがある」と思った、タマノイさんご本人であった。先方は私のこを難なく認識したようだ。 、[イヤーどうもお久しぶりです。お世話になります ありがとうございます]と頭を下げた。込み上げてくる熱い感動も、熱い抱擁も、走馬灯のように思い出が流れることもない。20年ぶりの男同士の再会はあっけないものである。

 なお、「目が二重まぶたで可愛いね。若いときはもう少しやせてたでしょうね。とてもハンサムね」というのは、あとで、 のパートナーが言ったタマノイ教授の第一印象である。大学院時代のタマノイさんの印象は、育ちの良い物静かな秀才だった。そして、お会いしてしばらく一緒に過ごすと、20年たった現在も同じであることが確認できた。

 実は、今日は11月2フ日木曜日である。海外旅行の出発日および帰国日はいつも、日本と相子国の祝祭日を外している 今回もそのつもりだったが、11月27日がアメリカの感謝祭(Thanksgivingロay)であることを全く忘れていた アメリカへの到着日に感謝祭の日を選んでしまったのだ。おかげで、ロサンゼルスの中心街にいっでもホームレスが数人うろうろしているばかりで、すべての店が閉よっていた。

 UCLAのあるウエストウッドも、開店していたのはUCLA正門前のバーガーキングのみ。バーガーキングでチキンサンドイッチセット(セットだとフレンチフライが付いてくる)を2ドル99セント(+税=3ドル2セント)を食べて、いくところもないのでその店内で居眠りし3貽問も過ごしてしまった。まったく、不肖・ハクラク、マヌケである。

 しかし、おかげで、アメリカに到着したその日に、タマノイさん宅の感謝祭のパーティに招いていただけることになった。 UCLAの人類学の教授であるマリコ夫人、一人娘の高校2年生のヨーコさんがタマノイ家のご家族である。 UCLAが教職員用に分譲した素敵な一軒家である。パーティの他のお客さんは、UCLAに学ぶ日米の若い学生が10人ほどだった。

 パーティの合間に、そしてその後大学キャンパスを歩きながら、バイオ研究の動向をタマノイさんに伺った。タマノイさんによると、大学やバイオ研究環境は日本とアメリカではだいぶ違うそうである。