膵癌の化学療法:適応、単剤投与、多剤併用

 膵癌はきわめて予後の悪い腫瘍の一つである。 膵癌非切除例の5年生存率は3%以下で、50%生存期間は3ヵ月から6ヵ月であった。 US、 CT、 ERCP、血管造影など画像診断法が進歩し、切除できる膵癌が増えたが、多くは組織学的に進行癌で、切除できても再発するものが多く、さらに膵癌は高度の線維化を伴い、腫瘍に分布する血流が少ないため、有効な化学療法がないことが、膵癌の治療成績を悲惨なものにしている大きな理由である。現在、膵癌に対しても様々な薬剤の臨床試験が行われているが、何よりも新しい有効な制癌剤の開発が不可欠であると思われる。


         1.膵癌の化学療法の適応について

 他の固形癌と同様に、膵癌でも化学療法の対象は切除不能な症例がほとんどである。 しかし、 performance status (PS)が悪く、長期生存が期待できない場合は、化学療法により状態が悪化することがあり、化学療法の適応外であると考えられる。黄疸、消化管の通過障害、糖尿病などの他臓器疾患の合併がある場合は、疾患を治療して軽快を待ってから開始すべきである。吉野らは、化学療法開始前の条件として75歳以下でPSがO~3であり、さらに重篤な合併症がなく、肝機能、腎機能、骨髄機能に高度の障害がないこと、対象が抗癌剤による前治療を受けている場合、先行治療4週間以上の期間があることをあげ、さらに、膵癌の組織学的診断がついていること、治療効果の判定が可能な病変を有することが望ましいとしている。

            2.単剤での検討

 膵癌に対して数多くの抗癌剤が検討され、実際の治療に応用されてきた。単独でもある程度の有効性を持つと報告されている薬剤は5-Fluorouracil(5-FU)、 Mitomycin C (MMC)、 Strepotozotocin (STZ)、 Doxorubicin(ADR)、 Epirubicin、 ifosfamide (IFX)などがある。

 ピリミジン代謝拮抗剤である5-FUは世界的に広く効果が検討されてきた抗癌剤であり、膵癌の化学療法でも中心的役割を演じている。 DNA の生合成を阻害し腫瘍の発育を阻害する。主に点滴静注法で投与され、 Carterらは単剤で28%の奏効率を報告しているが、岡崎らは1例の有効例も経験していない。大量投与や長時間の持続投与法も検討されており、 Hansenらは200~300mg/㎡を持続点滴して、16例中3例にPRを認めたが、吉森らは5-FU 500㎎/㎡を7日間持続投与し、その後170mg/㎡を投与する方法を検討しているが、有効例はみられていない。

 5-FUの殺細胞効果を上げるために、 leucovorin (LV)による5-FUのbiochemical modulation の効果が期待されている。Bruckner らは100BRまたは200mgのLVを10分で静注し1時間後に5-FU 30mg/kgをbolusで注入した。8人の膵癌患者に対してこの治療法を行い、 CR 3例を含む50%の有効率を報告しているが、今後、追試検討が必要である。

 MMCはわが国で開発された抗癌性抗生物質として広く用いられている。Carterらは単剤使用で20%以上の奏効率を報告しているが、遅延型骨髄抑制があり、通常は併用療法か、動注に使われることが多い。

 CDDPの作用機序はDNA阻害が主体であり、殺細胞様式は濃度依存型とされている。頭頸部癌、卵巣癌、睾丸腫瘍、子宮頸癌などで高い奏効率が得られ、単独投与でもCRが得られている。しかし、膵癌に対しては、Harveyらが7例中1例にのみ有効例を、吉森らは1例も有効例を経験していない。

 Ifosfamideはcyclophosphamide (CTX)の誘導体の一つである。Loehrerらは評価可能な進行膵癌で19%の奏効率(CR1例、 PR 3例)を報告したが、 Ajaniらは30例中2例(CR1例、 PR 1例)しか有効例を認めず、その評価は定かではない。

 Adriamycinは膵癌に対して13%に有効性がみられたとする報告があるが、血液毒性や心毒性のため、 MMC同様に併用で用いられることが多い。

 Epirubicinはadriamycinの誘導体である。単剤投与でCersosimoらは21%の有効率(CR 2例、 PR10例)を、 Bleibergら13)は34人の患者で有効率24% (CR2例、 PR 6例)を報告しているが、 Lovenらは単独投与の有効性を認めていない。

 Streptozotocinは併用で使われることが多いが、わが国では使用されていない。

 その他の薬剤としてMenogaril Iproplatin、 Methotrexate、 Timetrexateなどが膵癌で使用されているが、その評価は確定していない。

             3.多剤併用療法

 単剤である程度の有効性を持つ薬剤を組み合わせて、いろいろな併用療法が試みられている。 Buroker らは膵癌144例に対して、 5 FU十MMCと5-FU十methyl CCNU の比較試験を行った。その結果奏効率は5-FU+MMCが31%で5-FU+methyl CCUN の17%より優れていたが、生存期間に差はみられなかった。

 Cantrellらは5-FU 300mg/㎡の70日間の持続注入とCDDP 20mg/㎡の10日間投与の組み合わせで16% (CP 2例、 PR 7例)の奏効率を報告している。 50%生存期間は5.8ヵ月であった。

 3剤以上の併用療法は5 FUとMMCを中心に1剤、2剤を加えたものが多い。 Wiggans らはstreptozotocin、 5-FU、 MMCの3剤を併用したSMF療法で43% (10/23)の奏効率を報告している。 Bukowski らも同じレジメンで高い有効率を報告しているが、わが国では、 streptozotocinが使用できないため、 Adriamycinを用いたFAMが検討されてきた。 FAM 療法でもSmithらは37%と高い奏効率を報告しているが、Gastrointestinal Tumor Study Group (GITSG)の検討朗では、このような高い奏効率は得られていない。

 Cisplatinを含むレジメンでは、 Moertelら24)は5-FUとDoxorubicinとの併用で21%の有効率を報告し、 Doughertyら25)はcisplatinにhigh dose ara-C とcaffeinを併用したCAC療法を行い、 39% (7 /18)の有効率を報告している。

 膵癌に対する有効な抗癌剤がない現状では、単剤でも多剤併用でも有効性に関しては大差がないと言えるかも知れない。 Cullinan ら26)も5-FU単独、 5 FU+ADR、 5 FU+ADR+MMCの3群で無作為比較試験を行ったが、有効率は23~26%で3群間に違いを認めなかった。

         4.癌のターゲッティング療法

 全身化学療法の現状を打破するために、薬剤の投与方法、投与ルートなどで、さまざまな工夫がされている。カテーテルを介した動注法は従来から行われている方法であるが、三浦ら27)は埋め込み式動注ポートを使用した化学療法で温熱療法との併用で効果を得ており、特に、膵頭部癌において延命効果が得られ、 StageⅢ、Ⅳでも1年生存率30%を越えるようになった。また、腫瘍に対する血流を増大させ、薬剤の到達性を高める目的でangiotensin Ⅱによる昇圧法があり、漆山ら28)はangiotensin Ⅱ静注下にFAM療法を行い、昇圧させた群に有用性を認めている。

              5.効果判定

 化学療法の効果判定は、画像診断が有効である。特に、CTはその記録の客観性において、USよりも有用である。画像診断における腫瘍径の評価における問題点は、膵癌では随伴性膵炎を伴うことが多く、癌病巣との区別が必ずしも容易ではないことである。 CA 19- 9などの腫瘍マーカーも効果判定の指標となりうるが、閉塞性黄疸はじめ他疾患でも上昇するなどの問題がある。