自分の価値観

 「ナイン・トゥ・ファイブかセブン・イレブンか」、[平凡な研究労働者かスーパースター科学者か]、「実験室内の職業か実験室外の職業か」その選択は、キミが人生や仕事にどういう価値をおくかで決まってくる。ローゼン(S。 Rosen)とポール(C。 Paし)|)の医学者のための転職法』を土台に、仕事の価値観をリストしてみた。さて、キミはどの価値観を重視しているのだろうか?まさか、親とか世間とかの価値観や昔からの固定観念に自分を縛りつけてはいないだろうネ。もっと自由になりなさいよ、自由に。マレーシアのマハティール首相は、「日本は自分で考えて行動して欲しい」といっている。

 ローゼンとポールの本には、次のような中年バイオ研究者の想いが描かれている。●以前は仕事中毒で実験室にこもっていたけど、今はそれがいいとは思わない。家族や友人と出かけたり、絵を描いたり、本を読んだりしたい。肉体的、精神的、時間的にバランスのとれた健康な生活を送りたい。実験作業は単調で退屈だとこのごろ思うようになった。バラエティに富んだ人生のほうがおもしろい。名声や地位や金を求めて長いこと働いてきたけど、今は、研究の奴隷にはなりたくない。

●仕事に何を望まないか?オフィスす実験室にこもりきりの仕事は望まない。テクニシヤンにすらせればすむ実験作業は望まない。健康に反するような仕事(煙草、酒、食肉などに関係する仕事)は望まない。倫理的に納得できない仕事(環境破壊、他人を搾取、動物実験、且悪品製造などの什事)は望まない。大学の職場が好きになれないので人学教官も望まない。

 というように、研究者にも多様な職業観があるのだ(以上はほんの2例である)。

 というわけである 研究者をめざして大学院で学んでいるキミも、すでに研究職についているアナタも、従来の固定観念にとらわれることはない。別の選択をしてもいい。多様な選択肢のある社会が訪れようとしているのだ。アメリカの流れが日本にも伝わってくるのは貽圖の問題である。

 ただ、1つだけ残念なことがある。日本社会のシステムが|日態依然としていて、現代の国際世界の動きになかなか対応できないという点である。その点が改善されないと、日本はいすれ世界から孤立し、叩かれ、無視されていくに違いない。現状では、十分にバイオ政策を綽らず、十分な研究費も与えず、十分な研究体制も整えず、十分な研究支援システムもつくらないけど、大学院生の入学定員枠を大幅に広げて、博士号所持者をドット増やしてきた。博士号所持者を増やせば日本の科学技術が栄え、産業も振興すると考えているらしい。

 しかし、増えているのは、博士号取得者のうち実力の低い層だけだとするとどうなるのだワまた、従来並みの実力の持ち主が博士号をとっても、その後に研究職がないとするとどうなるのだ?研究職につけても、その後に豊かな研究職人生がないとするとどうなるのだ?

 社会に役立つ研究成果というのは上質の研究成果だけである 研究成果の量が単に多ければいいというものではない。上質とはいえない研究成果は、ゴミであって、怙報公害なのである。 Perish (役に立たない論文を発表すると罰がある)」なのである。しかし、そのゴミや情報公害にも巨大な研究費が投入されているのノご。ナントカー刻も早く、国民の大多数を幸福にする思想とシステムをつくっていただきたいと思う。 も努力するけど。

不肖ハクラク著より